「プレー」だけでなく感情を映す Amanda Smerage氏が語る野球中継のストーリーテリング
ヒビノプロビジョンは、ベルギー王国大使館で「EVS スポーツディレクションセミナー2026」を開催した。MLBをはじめ20年以上にわたりスポーツ中継のディレクションに携わってきたAmanda Smerage(アマンダ・スメレージ)氏が登壇し、野球中継におけるストーリーテリングの考え方や、映像を通じて選手の感情や試合の流れを視聴者へ伝えるための演出について紹介した。
Amanda氏は8度のSports Emmy Award受賞歴を持つライブ・スポーツ中継ディレクター。20年以上にわたりMLBなどのスポーツ中継を手掛け、Chicago White Sox、Arizona Diamondbacksなどの中継を担当したほか、冬季オリンピック、Super Bowl、The Mastersなどにも携わってきた。2026年には女子プロ野球リーグ(WPBL)初年度のコーディネーティング・ディレクターに就任し、国際放送体制の構築を担っている。
プレーだけでは野球の物語は伝わらない
Amanda氏が講演を通じて重視したのは、グラウンド上で起きているプレーだけを追うのではなく、その前後にある「感情」を捉えることだった。
投球や打撃、守備といった試合の中心となる映像に加え、打席へ向かう選手の表情、投手と捕手の様子、ベンチで試合を見守る選手、観客の反応などを組み合わせることで、一つのプレーが持つ意味をより深く伝えられる。
ホームランや好プレーだけでなく、その結果を受けた選手やチームメート、スタンドの反応まで見せる。試合中に生まれる緊張や喜び、落胆といった人間の感情を映像として積み重ねることが、スポーツ中継のストーリーにつながるという考え方だ。
講演では日本の野球中継にも触れ、グラウンド上のプレーだけでなく、ベンチやスタンドの一体感を正確に捉える日本の制作技術を高く評価した。その上で、自身が米国の中継で重視してきた「選手個人の感情やドラマ」を際立たせる手法と、日本のスタイルを融合させることの重要性を語った。
野球中継のストーリーテリングについて解説するAmanda Smerage氏。会場には多くの放送・映像関係者が集まった
「試合が始まる前」からストーリーを考える
ストーリーテリングは、試合開始後に偶然生まれるものだけではない。
中継制作では事前に選手やチームの状況を把握し、その試合でどのような出来事が起こり得るのかを想定しておく。投手と打者の対戦関係、選手の状態、その日の試合が持つ意味などを制作チームで共有することで、実際に動きが起きた際に必要な映像をすぐに選択できる。
試合前の映像も重要になる。選手が球場入りする姿やウォームアップ、観客が集まってくる様子なども、その日の試合を視聴者に意識させる材料になる。
中継のディレクションは、カメラを単純に切り替える作業ではない。試合前から物語の可能性を考え、試合中に起こった出来事と結び付けていく役割を担う。
データは「見せること」が目的ではない
近年の野球中継では、選手やボールの動きを計測する技術の進歩によって、扱えるデータも増えている。
Amanda氏は、データを中継に取り入れる一方で、あらゆる数字を画面上に表示すればよいわけではないという考え方を示した。重要なのは、そのデータが視聴者の理解や、その場面のストーリーを補うかどうかだ。
投球や打球などに関するデータも、「なぜ今のプレーが特別だったのか」「選手がどれほど優れたプレーをしたのか」を理解する材料として使う。技術や情報量が増えても、最終的には「何を視聴者に伝えるために使うのか」が問われる。
技術が進化しても中心にあるのは「人」
講演後半では、カメラやデータなどスポーツ中継を取り巻く技術の変化にも言及した。
映像制作で利用できる技術が増えれば、これまで捉えられなかった場面や情報を視聴者へ届けられるようになる。一方で、技術そのものを見せるのではなく、その試合で起きている出来事を理解し、適切なタイミングで使うことがディレクションでは重要になる。
試合展開のペースアップが進む現代において、Amanda氏が特に強調したのが、日本の野球中継が持つ「間」の文化だった。
投球の合間の静かな時間を使って選手や観客の心理を映し出す日本の手法を評価し、最新のデータやスピードと、この「間」がもたらす感情表現を両立させることが、今後のスポーツ中継を考える上で鍵になるとした。
記録達成や選手にとって特別な試合などでは、最後のプレーそのものだけでなく、その後の選手や周囲の反応も大きな意味を持つ。講演では、こうした人間的な瞬間を逃さず伝えることがスポーツ中継のストーリーテリングを形作るとの考え方を示した。
スポーツ中継は「何を映すか」から「何を伝えるか」へ
スポーツ中継では、高画質化やカメラの増加、データ活用など制作技術が進歩を続けている。
しかしAmanda氏の講演から浮かび上がったのは、機材や技術そのものではなく、視聴者に何を感じてもらうのかを起点に映像を選ぶという考え方だった。
プレーを正確に伝えることに加え、選手の表情や周囲の反応、試合前から続く背景を積み重ね、一つの物語として届ける。中継技術が高度化する中でも、人間の感情をどう映像にするかがスポーツディレクションの重要な役割となっている。
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